片田舎医師 ほうじ茶

片田舎のしがない外科医によるブログです。日常の些細なことをつぶやきます。

自分なりに噛みくだいた手術の話 腹部大動脈瘤

ほうじ茶です。

台風による大雨で日本列島が大変なことになっておりますが、私が住む片田舎は大きな被害なく過ごせております。

 

さて、昨日まで日本血管外科学会が東京は新宿で行われていました(参加したわけではありません)。

血管疾患に関する情報はネット上に氾濫しておりますが、ほうじ茶なりに堅苦しくなく話してみたいと思います。

 

題名に書きました腹部大動脈瘤は文字通り、腹部大動脈に「こぶ」ができてしまう病気です。

こぶの部分は血管の壁が引き伸ばされて薄くなっていますので破裂しやすくなってしまいます。破裂した場合、お腹の中に大量出血してしまい血圧が低下し、場合によっては脳への血流が少なくなって意識がなくなってしまったり、誰かが発見して救急車を呼んでくれたとしても出血量が多ければ病院に辿り着かずに亡くなってしまう危険性がものすごく高い病気です。

実際、破裂した方のほとんどは病院に辿り着かず、またたどり着いた方の中でも手術で助かる人はさらに少ないです。入院中に破裂したとしても救命できない可能性がある、、それが腹部大動脈瘤という病気(大動脈瘤全般にいえますが)です。

この病気の怖いところは、破裂した場合に命の危険があるにもかかわらず、ほとんどの場合は「破裂するまで無症状である」というところです。

発見される方のほとんどは、他の病気を調べていたときに偶然見つかります。または、熱心な開業医の先生がお腹の触診をした際に見つけてもらえたなんてこともあるかと思います。

 

治療法は手術しかありません。患者さんに時折質問をうけますが、残念ながら現代医学ではお薬でこぶを小さくすることはできません。

 

教科書的には手術適応は大きく2種類あって、一つはこぶの大きさです。CT検査で測ったこぶの最大短径(こぶの端から端に線を引いたときに一番距離が短いところ)が50mm以上を超えると、年間100人のうち数人が破裂する可能性があり手術をおすすめします。

二つ目はこぶが大きくなる速度です。目安として1年で1cm、半年でその半分の6mm拡大した場合には急速拡大と呼ばれ、これも破裂の危険性が高いため50mmに満たない場合でも手術適応となります。

あとはこぶの形が悪い時も、50mmに満たずとも手術適応とすることがあります。血管全体が膨らんでいるタイプ(紡錘状瘤)に比べ、血管の一部が飛び出すタイプ(嚢状瘤)は破裂の危険性が高いと言われています。嚢状瘤のことを、形が悪い、と表現しています。

 

手術の方法は大きくわけて2種類あります。

一つ目は開腹人工血管置換術です。これは文字通りお腹を切って、こぶを全て取ってしまう手術方法です。こぶを取る=血管をとってしまうことになるので、その部分を人工血管に取り替えてきます。

二つ目はステントグラフト内挿術という手術になります。こちらは一言で言えばカテーテルの手術です。足のつけ根にある大腿動脈から太いカテーテル(手の小指の太さくらい)を入れて血管の中に人工血管を置いてくるイメージの手術です。血管の形が重要で、カテーテルを安全にこぶまで運べないような血管の形をしている場合は行うことができません。

 

これら二つの大きな違いはやはり体への負担度合いと思います。開腹人工血管手術は、体への負担が大きい手術で高齢者の場合、寝たきりの時間が増えてしまうため体力低下が懸念されます。また一度、腹部の手術を受けたことがある人は再手術となるため大変な手術となってしまいますし、手術に伴い悪化する可能性のある持病がある人は術後具合悪くなる危険性が高くなります。

対してステントグラフトは、とても体への負担が小さいです。傷の痛みも少ないので、手術翌日にはいつも通り食事をしてもらい、いつも通り歩きまわることができますので、術後数日で退院も可能です。

 

こう聞くとステントグラフト手術が絶対良さそうな感じがしますが、ステントグラフトにも良くない点があります。それは、再手術が必要になる可能性が高いことです。具体的には約10人に1人は何らかの再治療が必要になります。

開腹人工血管置換術はこぶを全て取っ払ってしまえる治療ですが、ステントグラフト手術はこぶを残したまま治療することになることがこれの原因です。可能な限り、再治療が必要にならないように工夫をするのですが、どうしても一定数再治療が必要な方が出てきます。

再治療の内容は多岐にわたります。ステントグラフトを追加するような初回の手術と似たような手術が必要になることから、細いカテーテルのみで治療できるものもありますし、場合によっては小さくお腹を開けての手術を勧められることもあるかもしれません。

再治療になるタイミングも人それぞれです。手術して半年程度でなる人もいれば、5年経ってからなる人もいます。そのため、ステントグラフトを受けた人は定期的に通院してCT検査を受ける必要があります。開腹手術も術後に定期的なCT検査を受けますが、問題なければその後は検査をしなくても大丈夫です。

 

最近はあまり気にしなくて良いかと思っていますが、ステントグラフトというもの自体が比較的新しい医療材料です。15年−20年程度の耐用年数はわかっていますが、それ以上の年数では詳細なデータはありません。そのため、若い人にはおすすめしていない治療になります。

 

実際、10年くらい前には幅広い年齢の方にステントグラフト治療が行われていました。まさに、開腹手術に代わる新しい治療法として一世を風靡したわけですが、その功罪か近年では再治療になる人が多いことが徐々にわかり、必要な人には開腹手術が良いと時代の流れが再考されております。

 

もちろん開腹手術は悪い手術ではありません。トラブルなく終了すれば、1週間程度で退院できる人もいます。歴史が長い手術ですので人工血管自体が半永久的に使用できることも確認できています。定期的な検査も受けなくても良いこともあります。

 

それぞれのメリット、デメリットを説明してもらった上で、おすすめの治療方法を相談するのが良いと思います。

 

私の考えとしては…

・若い人(60代)は開腹手術をおすすめ

・高齢者(80代)はステントグラフトをおすすめ

・70代の人はボーダーラインでどちらでも良い。患者さんの希望を一番尊重するが、ステントグラフトできる血管の形かどうかやもともとの病気などを見て、どちらがおすすめかを考える。

 

といった具合でしょうか。

誰かの参考になれば幸いです。。ご質問あればいつでも答えます。

 

いずれ、手術すでにされた方とか向けに具体的なステントグラフトの紹介もできれば良いかなと思っています。

 

それではまた!